私と星新一

星新一という人物を、皆さんはご存知でしょうか。

星新一は「日本ショートショートの神様」とも言われる人物です。彼は1997年に没するまで、述べ1000篇以上のショートショートを発表しました。

ショートショートというのは、1000字にも満たない短い小説のことです。作品によっては物語がわずか2ページ足らずで終わってしまうものもあります。「短かったら簡単なのでは?」私もそう考えたりしますが、短いからといってそれを1000篇以上も生み出すのはやはり容易ではありません。なぜなら、まったく違うアイディアをいくつも生み出さなければならないのですから。いわば、1冊の本の中に何十冊分もの小説が入っているとも言えるのです。そのため、彼のエッセイにもしばしばアイディアを生み出すのに苦悩する姿が描かれています。

さて、私が彼を最初に知ったのは…もう覚えていないくらい昔、物心つく前のようだったはずです。なにせ、初めて読んだ作品すら覚えていないのですから!それくらい、私にとっては「あって当たり前」のものだったのです。もともと母親が彼の作品が好きで、かなり初版本など―例えば、「ちぐはぐな部品」とか―も所持していたから。また、「きまぐれ星のメモ」といったエッセイも読んでいました。

特に印象に残るエピソードとして、小学校の自然学校※に当時読んでいた「ようこそ地球さん」を持っていっていたことを覚えています。周りの友人にこんな本を読んでいる、というのをアピールしたいという気持ちもあったかもしれませんが、やはりそれ以上に単純に面白かったため持参していったのでしょう。そこで読むショートショートは、普段の環境で読む内容とはまた違った面白さがありました。

コツコツと彼の作品を集め、現在に至るまで彼のエッセイを含めて30冊以上は購入しているはずです(子どものころですから、自分のおこづかいではなく親に買ってもらうことも多かったのですが)。

そんな彼の作品の特徴として、「時事風俗に関わる固有名詞を出さない」「暴力・風俗シーンを描かない」といった点が挙げられます。

一点目の「時事風俗に関わる固有名詞を出さない」という点について、彼は「時が経つと古びてしまうから」と言っています。これはSFにおける宿命のようなもので、どんなに執筆当時の最先端の技術を記載しても、いずれそれが古びてしまうことは想像に難くありません。

そんな中でも彼の作品は改訂のたびに電話をする表現について「ダイヤルを回す」といったものを改めたりしていたのですが、ただ、そこが彼の先見性のすごさといったもので、何十年経った今でも昔のものとはまったく思えず、逆に現在だからこそ納得してしまうような、普遍性の高い内容に思わず驚いてしまいます。

二点目の「暴力・風俗シーンを描かない」という点ですが、こちらは「得意ではないので書くことを避けていただけ」との記述があります。

この点から、子どもに読ませても問題ないのではないか、と私の親も判断したのでしょう。幼い私も彼の作品の面白さにのめり込むこととなりました(こういった教育に対して、親の方針もあるのですが…また違う機会に書きます)。

彼の作品の良いところのひとつとして、「どんな作品から購入しても構わない」ということが挙げられます。物語は基本的に一話完結で独立していますので(「ほら男爵」「進化したサルたち」などの例外はありますが)、気になった作品を手にとってすぐ読めるのが利点です。事実、私も最初の作品「ボッコちゃん」ではなく、上記する「ちぐはぐな部品」や「ようこそ地球さん」、「盗賊会社」などを発行年度にこだわらず買い揃えていきました。

私とともにあったのは、彼の作品だったことは間違いありません。SFが好きな人には特に、そうでない皆さんにもぜひ読んでいただきたい作品たちです。

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