2019年5月の実家帰省

2019年5月3日の夜から5日にかけて、実家に帰省した。夜は星空を眺め、昼は子供と自然の中で遊び過ごした。アイキャッチの写真は、実家近くから撮影したもの。実家から離れてみると、いつも見慣れていたこの風景も懐かしく思えるのが不思議だ。自分も歳をとったな、と思う。

4日の夜にはお世話になっている、以前の勤務先の先輩と夕食を食べ、仕事の相談やプライベートな話をして英気を養った。以前実家にお住まいだった時は自宅からの距離も近く、非常に親近感を覚えていた。また仕事もできるし人当たりも良いし、尊敬している人物の一人である。個人事業主として仕事もしておられる。(サイト:アイティーマーク | itmark)。

5日は午前中から姫路水族館に出かけ、昼過ぎまで楽しんだ。その後、ショッピングモールで娘のペンケースを買い、帰宅した。

なかなか実家で過ごす時間も短く、父や母に聞きたいことや話したいこともあるが、毎回バタバタしているので、ゆっくり時間をとって話したいなぁとも思う。が、そういう問題を解決するために、インターネットがあるし、電話やメッセージアプリがあるんだよな…とか思っている。

自動車社会から脱却できるのか

最近、高齢者の自動車事故のニュースをよく聞くため、自分の父や母にも自動車の運転を控えていってもらいたいと思っている。自動運転ならいいのか、といった質問はあるだろうが、そのへんはいったん置いといて。

実家は僻地で車が日常生活において必要不可欠な地域。電車はもちろんバスですら通っておらず、最寄り駅まで 10km 以上、バス乗り場も 3km 近く離れている。村に行くには山を越える必要があり、健康な大人でも時間がかかるのに、高齢の人になるともっと難しくなるだろう(亡くなった祖母は昔、山を3つくらい越えた先まで歩いて行っていたというが、もうそんな時代でもない)。

Uber や JapanTaxi などの乗り合いサービスやタクシーサービスのアプリももちろん提供外の地域。よくて神戸ぐらいまでしか対応していないのではないか。本来であればこういった問題を解決するために、上記サービスを導入すればいいと思うのだが、日本のシステム的に受け入れが難しいためサービス浸透するのが難航していると話を聞く。タクシー業界などからも反発があるらしい。

今現在も少子高齢化で問題になっている他府県の例もあるし、これからますますこういった地域は増えてくるのではないか。何か対策や問題解決に至る提案はあるのだろうか。

実家に帰ったときにこの話をしようと思っていたのだが、妻が「車がないと不便だ、と父母が少し怒りながら話していた」というのを聞いて、また今度の機会に…といったんこの件は保留となった。いずれ、時期を見て話をしなければならない。

好きなことを続けることについて

有名な漫画家が 8/15 に亡くなっていたことが今日わかった。私も Twitter のニュースで知ったが、みなと同じように驚き、彼女の死を惜しんでいた。

彼女が作った作品たちは非常に高い評価を得ているし、もちろん私も彼女の作品に触れて育ってきたうちの一人だ。その作品と周辺のエッセイは言葉遊びとか文章の構成が非常に面白く、今見ても色あせない面白さがある。

彼女はつい最近、活動30周年を迎えたばかりで、漫画家として活動し始めた当初は「何事も飽き性な自分が、漫画家として長く続けられるのだろうか」という不安があったことを、著書のエッセイの中で回顧している。しかしその心配は無用だったようだ。

やはり、好きなことを長く続けられていることは本当にすごいと思うし、うらやましい。私は、いいな、と指をくわえて見ているだけなのか。やることがあるんじゃあないのか。彼女のようになることは無理でも、好きなことを続けて「私といえば○○」といった作品を生み出せるようになれたら、存外の幸せだ。

祖母の逝去

先日、祖母が亡くなった。

こういうとき、「おばあちゃんは昔から優しくて」という話が定番かもしれないが、正直に告白すると、祖母に対してあまり良い感情はない。小遣いをくれたり、優しくはしてもらっていたけれど、田舎の生まれで昔気質らしい気難しさもあり、幼い頃はそんなに気にはならなかったが、年齢を重ねるごとに嫌っていった。祖母も、歳をとってわがままになっていったのかな、と今になって思う。

大正末期の生まれであったので、もう年齢も年齢だった。最近は体調を崩して入院しているという話を聞いていたので、急で驚きはしたものの、ある程度覚悟はできていた。それに、これでやっと解放される、と少しほっとしたのも事実だった。

だから、あまり悲しいとは思えなかった。私も大人になった。葬儀でも、結局最後まで泣くことはなかったし、それで構わないと思っていた。

だが、出棺の際、泣き崩れる父の姿を目にしたとき、自らの中にある、なんともいえない冷たい感情を強烈に意識した。私は、ああいう風にはなれないかもしれない。肉親ではないにしろ、家族の死に対して、ただ冷静に、客観的に眺めているだけではないか。そう気づいてもまだ、機械的に花を手向けることしかできなかった。

出棺が終わり、移動先の火葬場へと向かう。駐車場からは、まだつぼみの多い桜が見える。私はぼんやりと考える。桜の季節にはこうやって祖母を思い出すのだろうか。もし母が、父が亡くなったとき、私はどう感じるのだろうか。いつかほんとうの悲しみがやってくる日が来るのだろうか。

32歳を迎えて

32歳になりました。昨年から引き続き多くの方のお力添えをいただき生かされていると感じた一年でした。今年に入って私が還元できているのだろうかと思い悩むことも多くあります。そんなことを考えているなら少しでも実行に移すべきことなのもわかってはいるのですが、なかなか。

また、改めて日々生きていくことの難しさを痛感しています。微細な単位でいえば今日の食事はどうしようということから、いずれ死ぬときのことを考えて生きているだろうか、など。

そして生活する環境をどうしていくか、ライフワークバランスを考えた生き方とは。最近縁があり、京都方面に足を伸ばす機会が増えています。そんな中で、以下のようなことを考えています。

個人的な問題

  • 働き方
  • 余暇の過ごし方
  • 枯れない技術の磨き方
  • 社会への還元

公的な問題

  • 人口減
  • AI が台頭する時代
  • 少子高齢化
  • 何を希望とするのか・豊かさとは
  • サスティナブルな社会のために

ちなみにまじめかと思われるかもしれないですが、特段そういうわけでもありません。親しい間柄では普通に冗談を言ったりアホなことをしたりしています。

人が人の役割を脱ぐとき

ハロウィーンにおけるコスプレ

街ではハロウィーンの喧騒がかしましい。ハロウィーンイベントもここ数年でしっかり定着したようだ。その経済効果は1400億円にも上り、いまやクリスマスに次ぐほどの市場規模になるそうだ。ハロウィーンの騒々しい雰囲気は賛否両論あるが、秋の夜長、少し物寂しい印象のあるこの時期を楽しく過ごそうという人たちの思いは良いものだ。

そもそもハロウィーンの起源は、古代ケルト人の風習の一つで、死者が現世で迷わずあの世へ行けるようにとの願いを込めて、仮装して案内する風習から来ている。子どもたちは「トリック・オア・トリート(お菓子をくれないといたずらするぞ)」と言いながら家屋を廻り、家の人々からお菓子をもらうのだ。

そんなハロウィーンの目玉といえば日本ではやはりコスプレだろう。ドラキュラや囚人、気合の入った人はゾンビのメイクを施し、イベントを盛り上げている。

さて、コスプレとはいうが、実際にゾンビや囚人たちの衣装を着ることだけがコスプレなのだろうか。

例えば私は仕事に行く際にはスーツを着て「会社員」、普段着に着替えて「男性」という役割を得るために見た目を変え、自分の意識を切り替えているように感じる。これが他の職業では「作業服」「看護服」「ショップの制服」などだったりするだけで、みんな本来の自分を見せるときはあるのだろうか。

私は、他者から「会社員」という役割を与えられるためにそうやって「スーツ」を着ることで一種のコスプレをし、自己がこんなに社会性のある人間なのだ、ということを主張しているような気がしてならないのだ。

そんな私だが、ハロウィーン当日は折からの体調不良が重なり、会社の同僚いわく、ヨロヨロと歩くその姿は図らずもまるで生ける屍――ゾンビ――のようであったという。

私と星新一

星新一という人物を、皆さんはご存知でしょうか。

星新一は「日本ショートショートの神様」とも言われる人物です。彼は1997年に没するまで、述べ1000篇以上のショートショートを発表しました。

ショートショートというのは、1000字にも満たない短い小説のことです。作品によっては物語がわずか2ページ足らずで終わってしまうものもあります。「短かったら簡単なのでは?」私もそう考えたりしますが、短いからといってそれを1000篇以上も生み出すのはやはり容易ではありません。なぜなら、まったく違うアイディアをいくつも生み出さなければならないのですから。いわば、1冊の本の中に何十冊分もの小説が入っているとも言えるのです。そのため、彼のエッセイにもしばしばアイディアを生み出すのに苦悩する姿が描かれています。

さて、私が彼を最初に知ったのは…もう覚えていないくらい昔、物心つく前のようだったはずです。なにせ、初めて読んだ作品すら覚えていないのですから!それくらい、私にとっては「あって当たり前」のものだったのです。もともと母親が彼の作品が好きで、かなり初版本など―例えば、「ちぐはぐな部品」とか―も所持していたから。また、「きまぐれ星のメモ」といったエッセイも読んでいました。

特に印象に残るエピソードとして、小学校の自然学校※に当時読んでいた「ようこそ地球さん」を持っていっていたことを覚えています。周りの友人にこんな本を読んでいる、というのをアピールしたいという気持ちもあったかもしれませんが、やはりそれ以上に単純に面白かったため持参していったのでしょう。そこで読むショートショートは、普段の環境で読む内容とはまた違った面白さがありました。

コツコツと彼の作品を集め、現在に至るまで彼のエッセイを含めて30冊以上は購入しているはずです(子どものころですから、自分のおこづかいではなく親に買ってもらうことも多かったのですが)。

そんな彼の作品の特徴として、「時事風俗に関わる固有名詞を出さない」「暴力・風俗シーンを描かない」といった点が挙げられます。

一点目の「時事風俗に関わる固有名詞を出さない」という点について、彼は「時が経つと古びてしまうから」と言っています。これはSFにおける宿命のようなもので、どんなに執筆当時の最先端の技術を記載しても、いずれそれが古びてしまうことは想像に難くありません。

そんな中でも彼の作品は改訂のたびに電話をする表現について「ダイヤルを回す」といったものを改めたりしていたのですが、ただ、そこが彼の先見性のすごさといったもので、何十年経った今でも昔のものとはまったく思えず、逆に現在だからこそ納得してしまうような、普遍性の高い内容に思わず驚いてしまいます。

二点目の「暴力・風俗シーンを描かない」という点ですが、こちらは「得意ではないので書くことを避けていただけ」との記述があります。

この点から、子どもに読ませても問題ないのではないか、と私の親も判断したのでしょう。幼い私も彼の作品の面白さにのめり込むこととなりました(こういった教育に対して、親の方針もあるのですが…また違う機会に書きます)。

彼の作品の良いところのひとつとして、「どんな作品から購入しても構わない」ということが挙げられます。物語は基本的に一話完結で独立していますので(「ほら男爵」「進化したサルたち」などの例外はありますが)、気になった作品を手にとってすぐ読めるのが利点です。事実、私も最初の作品「ボッコちゃん」ではなく、上記する「ちぐはぐな部品」や「ようこそ地球さん」、「盗賊会社」などを発行年度にこだわらず買い揃えていきました。

私とともにあったのは、彼の作品だったことは間違いありません。SFが好きな人には特に、そうでない皆さんにもぜひ読んでいただきたい作品たちです。