【書評】沈黙

遠藤周作の名前を知ったのは、この「沈黙」という作品を読んだのが初めてである。当時、私はキリシタンという異教徒として迫害される人たちがどのような苦難に遭っていたかということに興味があった。

そもそも”迫害を受ける異端者”という形式に興味を抱いたのは、ユダヤ教徒として迫害され、彼の地エルサレムから追放される人々のことが頭にあったからだ。それでいわゆる悲劇的な、シオニズムに通じる彼らキリシタンの事柄について興味を持った流れも自然といえよう。

また、作品が映画化されることを聞き、まず原作であるこの小説を読んでおきたい、と感じたのがこの本を読むに至った理由の一つでもある。

作品では長崎に滞在していたオランダ人宣教師の同胞が迫害されているとの報を本国で宣教師の二人が受け取る場面から始まる。彼らがなんとか長崎に赴き、当国のキリシタンたちの助力も得ながら、接触を試みる。だが、キリシタンを異端として処刑する大名に見つかり、彼ら二人も離れ離れになってしまう。

迫害を受けながらも神への信仰を止めない信者たちと、棄捨を迫る日本の大名たちの二立構図で物語は進む。最終的に宣教師がとった行動について、私はどうにか彼が自分の信念を守ることはできなかったのか、と、もやもやした気分を抱えることになった。

が、それは同時に私にとってある種の諦めとして理解できないことでもなかった。自らの信仰を守るがゆえに死ぬことが、果たして望むべきことなのか−それは私にも常に問いかけられるテーマとしてのしかかって来られるように感じた。

【書評】公園対談 クリエイティブな仕事はどこにある? | 是枝 裕和, 樋口 景一

なぜ買ったか?

是枝監督の対談ということで、彼の作品「万引き家族」が話題になっていたのもあり、彼が何を考えているのか知りたく、またクリエイティブということは何か最近考えていることもあり、購入した。

どんな本か?

対談。春篇~冬篇の4章。それぞれがクリエイティブについて、語っている。

心に残った一節

萩元晴彦「(略)世の中にはクリエイティブな仕事とクリエイティブでない仕事があるわけではない。どんな職業であれ、その職業にクリエイティブに向き合う人間と、クリエイティブに向き合わない人間がいるだけだ。(略)」

P.97 L13 –

目的と手段が逆転していないか。

P.165 –

(略)利益を生むのは結果であって、まずは社会に何ができるか(略)

P.163 L7

離職率が高いことに悩む IT 企業の例。

P.175 L3

最適化によって、(略)余白をつくる行為が極端に少なくなっています。

P.178 L6

考えたこと

  • 全ては広告につながる 商業的価値、それが正しいのか?
  • 検索サイトは間違ったことをしたのかもしれない。すべてが検索でわかる世界。検索という答えが簡単にわかってしまう世界。ウェブはすべて正義なのか?

今後購入したい本

「デザインのデザイン」 原研哉

書評「内向型人間のすごい力」

目次

  • 読んでもらいたい人
  • この本の要約
  • もしもあなたが「今自分にとってふさわしい仕事をしているか」と考えているなら

読んでもらいたい人

  • 「うまくしゃべれない」「パーティや飲み会はあまり行きたくない」「行っても楽しいが疲れる」「早く帰って1人になりたい」と感じたことがある人
  • 対人関係に悩んでいる人
  • うまく話せたり、友人や知人が多い人がうらやましいと感じている人

この本の要約

あなたは「うまくしゃべれない」「パーティや飲み会はあまり行きたくない」「行っても楽しいが疲れる」「早く帰って1人になりたい」と感じたりすることはないでしょうか。私も同じ悩みを抱えています。そんな方は「内向的」という気質が強いのかもしれません。

「内向的」という気質について簡単に説明すると、1人でいるとエネルギーが補充される、といった性質を持った人たちのことです。

私は自分が内向的ではないかという自覚はありました。というのも「さあ、才能に目覚めよう」では、「収集心」「内省」「慎重さ」という内向性を示す結果が出たためです。にも関わらず、「外向的でなければ社会的に不適格だし、成功はありえない」という思い込みがあります。そのため、外向的な姿を装っていましたが、なんとなく精神的に疲れてしまっていることに気づきました。内向的であるということを隠し(隠しきれていない気もしますが…)、なんとか外向的に振舞おうとして無理をしていたのかもしれません。

その問題を解消したくて、「嫌われる勇気」や「自分の小さな箱から脱出する方法」などを読んだこともありました。そこですべての問題が解決すればよかったのですが、本来の性質である内向性が起因する問題であろう、本来自分がやりたいと思っている、1人で静かに本を読んだり、絵を描いたりすることができないことに対して、ストレスを感じていたのでは、と気づきました。

仕事についても、現在勤めている会社が事業拡大する中で、周りの人数が増え、決して表立った衝突や意見のすれ違いなどはないものの、精神的にしんどく感じることも増えてきました。そのため、誰とも話したくなくなるときが多くなってきました。

そんな私を含めた「内向型」の人に向けて書かれたのがこの本です。この本を読むことで、「自分は社会不適格なのではないか」と思う方は、「同じことを思うのは自分だけではないのだ」と、少しほっとした気持ちが得られるはずです。

基本的に無口ですが"決して不機嫌なわけではなく、ただしゃべる理由がないから話さないだけであって、興味のある分野では饒舌になります"といった内容の記載もあり、まさにそのとおりだな、と思いながら読み進めました。

また、この本に出てくるエピソードで私も思い当たるものがあります。著者は「キャンプに本を持っていった」そうなのですが、私も小学生のころ、自然学校(4泊5日くらいで、学校の子とキャンプ生活する)という行事があり、そのときに好きだった星新一のショートショート「ようこそ地球さん」(ほかにもあったかもしれませんが)を持っていったのを、よく覚えています。幸い、そこではそのこと自体を批判されたり茶化されたりすることはありませんでしたが、そうやって少しでも本を読んでいたい、と思っていたのでしょう。

もしもあなたが「今自分にとってふさわしい仕事をしているか」と考えているなら

ここからは、私自身の悩みも解消したく、共有できればと思います。下記に私と同様「自分がこの仕事をしていていいのだろうか」と思う方に、指針となるであろう部分を引用させていただきます。

自分のコア・パーソナル・プロジェクトを見つけるための三つの重要なステップがあることに気づいた。

第一に、子供の頃に大好きだったことを思い返してみる。大きくなったらなにになりたいかと尋ねられて、あなたはなんと答えていただろうか。(略)自分が本当はどんな人間なのか、昔のあなたは今のあなたよりもよく知っているかもしれない。

第二に、自分がどんな仕事に興味を持っているかを考えてみよう。(略)

最後に、自分がなにをうらやましいと感じるか注意してみよう。嫉妬や羨望はある意味で醜い感情だが、じつは真実を語っている。人間はたいていの場合、自分が望んでいるものを持っている人をうらやむ。(略)

あなたは何をうらやましいと思っているでしょうか? もしあなたになんでも自由にできる力があるとすれば、何をするでしょうか?

9月~11月に読んだ本

書名 レート 一言 次に読む
プラダを着た悪魔(上・下) 3 マイインターン
杏のふむふむ 3 次作エッセイ
まほろ駅前多田便利軒 3 舟を編む・エッセイ
リノベーションビジネスサクセッション 2
スタンフォードの自分を変える教室 4
きまぐれ星からの伝言 5 著者他エッセイ
神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん2 3
内向型人間のすごい力 4 「内向型」に関する他作
フリーで働く!と決めたら読む本 3
わたしの小さな古本屋 3 僕は古本屋のおやじさん
ヘヴン 3 全て真夜中の恋人たち
SFカーニバル 途中 レイ・ブラッドベリ著作
アンネの日記 途中。「HHhH」を受けて
HHhH 途中

14291911_1390507557643720_2940739836264288769_n 14322642_1390507504310392_8418340156815891824_n 14322642_1390507604310382_2494568826332862040_n 14368807_1390507097643766_2364110305361495119_n 14264108_1390507454310397_213867641419998032_n img_2136 img_2137 img_2148 img_2175 img_2176 img_2206 img_2208 img_2209 img_2198 img_2121

【書評】きまぐれ星からの伝言

エッセイII : SFと寓話

「どういう意図であの作品を書いたのですか」と著者に質問する人がたまにいる。「それは作品を通じてご理解下さい」と答える作家が大部分であろうし、それが正しいのである。各人各様に受けとめられるからこそ、寓話なのである。
(中略)
「かもめのジョナサン」という作品が多くの人に読まれた。この価値はどこにあるのか。各人各様に感想をいだけるところにあるのだ。かりに作者がインタビューに答え「この意味はですね」と明快な解説をやったとしたら、その寓話としての価値はたちまち下落してしまうだろう。また、作者としても、解説しようにも執筆の意図はなにもなかったはずである。ただ、ひたすら自己の満足できるストーリーを作りあげるということ以外には。

P.112 初刊『きまぐれ暦』1975年12月


エッセイII : SFの視点

名作と称されるSFには、問いかけ、あるいはそれを誘発するものが含まれている。
(中略)
すでに大問題になっているのは、もはや大問題ではないのだ。対象もさることながら、忘れてならないのは問いかけるという姿勢なのである。
(中略)
現代は情報の氾濫時代だそうだが、われわれはいっこうにアップアップという気分にならない。情報は大量なのだろうが、処理され規格化されているからである。どこかでクーデターが起ったとする。わかったような気分にさせる解説がつき、新聞は「事態はなお流動的」と書き、テレビニュースは「成り行きが注目されます」で、多くの人びとは「よくあることか」とつぶやき、ちっとも驚かぬ。規格化の情報が、規格化された思考回路を通り抜けて行くだけ。(後略)

P.126 初刊『きまぐれ博物誌』1971年1月 (文中強調表示は当方による)

発行年度を見ていただきたい。1971年、つまり2016年の今から実に50年近く前に書かれたエッセイなのだ。どうだろう、今見てもなんの違和感も感じないのではないだろうか。「クーデター」を「テロ」と置き換えてもらっても良い。特に「現代は情報の氾濫時代だそうだ」とあるが、現在でも言われていることであり、彼の先見性の高さがなせるが故なのか、当時から状況は実は大きく変わっていないのか。

しかも、多くの人びとは「よくあることか」とつぶやき、なのだ。もちろんこれは比喩表現なのだが、「つぶやき」と聞いて思い当たるものはないだろうか。そう、Twitterだ。この表現から連想するのは強引ではあるか。ただ、私たちは昔の人たちが思い描いていたSFのような世界をまさに生きているといえるのかもしれない。

また、「情報は大量なのだろうが、処理され規格化されている」というのも、現代にも当てはまる。大量の情報がやってくるが、それはうまくメディア(新聞・テレビ・ニュースアプリなど)で処理され、規格化されて分類分けされている。よって、われわれの間に届くときは―パーソナライズされた広告のように―必要な情報が、必要なだけ手に入るようになっている。

少し文章をさかのぼってみよう。「忘れてならないのは問いかけるという姿勢」と書いている。つまり、どんな情報でも、規格化されてつまみやすくなっていたとしても、問いかけるという姿勢―発信元はなんなのか、信頼できる機関であるのか、情報源は正しいのか―ということを留意しなければならないのではないだろうか。現代はまさにウェブでもありとあらゆる情報が流れてやってくる。自戒の意味を込めて、正しい情報を必要な量だけ取捨選択できるようになっていきたい。

”自分らしさ”とは。現代社会を冷静に切り取る – 【書評】コンビニ人間

芥川賞受賞作品、ということで話題になっている「コンビニ人間」読了。

あらすじは、子どもの頃から”周りと少し違う”女性が、世間との違和感に戸惑いながらコンビニ店員として働く姿を描く。女性は毎日同じように「コンビニ人間」として働いていたが、ある1人の男性が現れたことにより、女性の平凡な日常は徐々に変化が訪れていく―

というように、あらすじだけ見れば、持って行き方によってはサスペンスや恋愛ものとしても成立しそうなのだが…。

現代の空虚な世界観を反映しているような雰囲気があり、たまにブラックな笑いが出る場面があるものの、精神的に参っているようなときに読むのはやめておいたほうが良い。芥川賞受賞作品という、文学的に評価できるのは理解できるが、感情面ではかなりきつい作品だと思う。読後の爽快感を求める人にはオススメできない。

作中の登場人物の誰にでも当てはまるようにも思えるし、誰でもないようにも思える。自分自身、社会という枠組みの中にいる1人にすぎない。私も周りの誰かのコピーであるかもしれないし、全く別の誰かであるかも…。

誰に勧めたらいいのか分からない。話題になっているからといって安易に手を出すとヤケドするな、と思った。だからといってネタバレを見てしまっては面白くないし、選書は難しい…。(これはアレか、湊かなえ作品を読んだ時と同じ感情か…。)