「中島里奈展 -りんかく2」に行ってきました。

Quiet Holidayで開かれていた、中島里奈さんの個展に行ってきました。

アクリル画とウォーターレスリトグラフという版画の技法を用いた作品達が並んでいます。


1990年生まれ 姫路市在住

姫路工業高校デザイン科を卒業後、大阪芸術短期大学部 デザイン美術学科で版画を専攻

2014年 姫路のfeel breeze galleryにて初の個展「りんかく」を開催

2015年 神戸のgallery vie絵活塾 にてウォーラーレスリトグラフを学び、現在ウォーターレスリトグラフ技法を用いた作品を中心に制作を行っています。

どこかで見たことがあるような 見た人それぞれの心のなかにある記憶 景色とかさねて見ていただけるような作品を制作していきたいです。

(プロフィールより引用)

どの作品もかわいらしくて癒される雰囲気です。土曜でおやすみということもあり、なかなか盛況だったようです。

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私も思わず「まるいカード」を2枚購入しました。コースターとしても使えそうですね。

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詳細情報

2016年11月23日(水)〜27日(日)
『中島里奈展 -りんかく2-』
時間:13時〜21時
場所:ブックカフェギャラリーQuiet Holiday
兵庫県姫路市本町68
http://quietholiday.net/

cafe yom panでのんびりした休日

元町駅界隈にある、cafe yom pan に行ってきました。

場所は阪神西元町駅から北に徒歩約5分程度のところにありますが、JR元町駅からのほうが来やすいですね。お店をオープンされて5年ほどになるそうです。古本屋1003さんでショップカードを拝見したので、そちらで知られている方も多いかもしれません。

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焼き立てパンを1Fで販売しており、そのパンを使ったサンドプレート「たらのソテー(ねぎソース)&かぶのスープ煮」をいただきました。パンはさくさくした食感で食べごたえがあり、しっかりした味付けのたらでした。スープも寒い時期にはほっこりします。

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デザートはヨーグルトかケーキが選べ、ヨーグルトの場合、ブルーベリー・ラズベリー・りんごジャムのいずれかが選べます。私はラズベリージャムヨーグルトにしました。

コーヒーはやや渋めのもので、渋いコーヒーというと時間が経ってエグみが出るイメージがありました。ですが、時間が経って渋味はあっても飲みにくいということはなく、深みのある味。こちらのコーヒーは他ではなかなかないそうで、東京のNOZY COFFEEというお店から仕入れられているそうです。

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お茶受けがついてきました。かわいい。

2Fはイートインスペースで3人がけのカウンター席とテーブルが2つあり、陽の光が入って明るく、また静かな雰囲気です。3Fには本がゆっくり読めそうな4人がけのお座敷スペースもあります。

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店長さんから近くのカフェ・ハルさんの話題や、隣につい1週間ほど前にオープンしたごはん屋さんのことも教えていただきました。ゆっくりした雰囲気でのんびりできました。また近々パンも買いに来ようと思います!

店名 cafe yom pan
業種 喫茶・軽食・パンのテイクアウト
住所 神戸市中央区北長狭通7-1-14
アクセス 阪神西元町駅徒歩約5分
営業日時 10:30-19:00 (L.O.18:00)
店休日 火曜、第1・第3水曜
URL twitter

9月~11月に読んだ本

書名 レート 一言 次に読む
プラダを着た悪魔(上・下) 3 マイインターン
杏のふむふむ 3 次作エッセイ
まほろ駅前多田便利軒 3 舟を編む・エッセイ
リノベーションビジネスサクセッション 2
スタンフォードの自分を変える教室 4
きまぐれ星からの伝言 5 著者他エッセイ
神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん2 3
内向型人間のすごい力 4 「内向型」に関する他作
フリーで働く!と決めたら読む本 3
わたしの小さな古本屋 3 僕は古本屋のおやじさん
ヘヴン 3 全て真夜中の恋人たち
SFカーニバル 途中 レイ・ブラッドベリ著作
アンネの日記 途中。「HHhH」を受けて
HHhH 途中

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人が人の役割を脱ぐとき

ハロウィーンにおけるコスプレ

街ではハロウィーンの喧騒がかしましい。ハロウィーンイベントもここ数年でしっかり定着したようだ。その経済効果は1400億円にも上り、いまやクリスマスに次ぐほどの市場規模になるそうだ。ハロウィーンの騒々しい雰囲気は賛否両論あるが、秋の夜長、少し物寂しい印象のあるこの時期を楽しく過ごそうという人たちの思いは良いものだ。

そもそもハロウィーンの起源は、古代ケルト人の風習の一つで、死者が現世で迷わずあの世へ行けるようにとの願いを込めて、仮装して案内する風習から来ている。子どもたちは「トリック・オア・トリート(お菓子をくれないといたずらするぞ)」と言いながら家屋を廻り、家の人々からお菓子をもらうのだ。

そんなハロウィーンの目玉といえば日本ではやはりコスプレだろう。ドラキュラや囚人、気合の入った人はゾンビのメイクを施し、イベントを盛り上げている。

さて、コスプレとはいうが、実際にゾンビや囚人たちの衣装を着ることだけがコスプレなのだろうか。

例えば私は仕事に行く際にはスーツを着て「会社員」、普段着に着替えて「男性」という役割を得るために見た目を変え、自分の意識を切り替えているように感じる。これが他の職業では「作業服」「看護服」「ショップの制服」などだったりするだけで、みんな本来の自分を見せるときはあるのだろうか。

私は、他者から「会社員」という役割を与えられるためにそうやって「スーツ」を着ることで一種のコスプレをし、自己がこんなに社会性のある人間なのだ、ということを主張しているような気がしてならないのだ。

そんな私だが、ハロウィーン当日は折からの体調不良が重なり、会社の同僚いわく、ヨロヨロと歩くその姿は図らずもまるで生ける屍――ゾンビ――のようであったという。